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2008年4月19日 (土)

パノプティコン

Ic

『上履きにICタグ 
    児童安全対策で大教大池田小が実験』

児童の上履きにICタグを埋め込み、
居場所を確認するシステムの実験を
大阪教育大付属池田小が始めた。 
ITmedia)

最近よく耳にする ICタグ

うっちの通ってるスポーツジムでも ICタグが使われている。

腕にまくリストバンドになっていて、ジムの中にいる間、
肌身離さずもっていなければならない。
ロッカーの鍵になっていて、
ジムのマシンを使う時、個人データを認識させるのに使う。

運動が終わったあとに、設置されている機械で
今日の運動量、消費カロリー、前回との比較など
確認することができるのだ。

そういう意味では とても便利なものだ。

でも 小学生の上履きにICタグって。。。

なんか 思い浮かべちゃうのは、
ペットの体に ICタグを埋め込むって ニュアンスに近い気がする。。

どこにいったか 所在が確認できる。
事故があれば、個人データが分かる。

常に 居場所が確認できる、てのは
まさに「管理」の究極の形だ。

そういえば、認知症のお年寄りに チップを注射で埋め込んだり、
海外では セキュリティの厳しい場所で 体に埋め込んだICチップで
出入りを管理するところがあるとかいうよね。

ま、大人の場合は 本人の意思確認もできるだろう。

でも 子どもとなると、また違う問題があるのではないだろうか。

携帯のGPSで どこにいるか確認できるなんてのも 
最初のうちは なんか とても違和感を感じた。
でも 家庭で個別にやってる分には ご自由にって感じがしたんだけど
学校が対策としてとなると、拒否権はないんだよね?

この学校では まだ実験段階で、
5,6年生だけ239人を対象に取り入れたそうだ。

校舎の玄関口と運動場の出入り口のマットの下に
アンテナコードを張って
上履きを履いて通った児童を感知し、
職員室のPCや担任の携帯電話で生徒の居場所を確認できるらしい。


そこまでする? て思う反面、
「付属池田小」という言葉に ピンとくるものもある。

そう、今から7年前の2001年に 
宅間 守元死刑囚(執行済)が乱入し
児童8名を殺害し、児童13名・教諭2名に傷害を負わせた事件。
あの事件のあった小学校だ。

今でも覚えているけれど、あの時のマスコミの報道はすごかった。
センセーショナルな事件であると同時に、
安全責任が厳しく問われたという意味では、
学校のあり方を変えた事件でもあるだろう。

当時、児童の居場所などが把握できず、
混乱したあげく 刺された生徒の救出が遅れたために
死者を多くだした、と 厳しく糾弾されていた。

学校側の 安全への苦悩は容易に想像できる。


だが、振り返ってみると、自分が小学生の時、
自らにICタグをつけられたらどんな気分だろうか。

うっちは家まで15~20分の道のりを2~3時間かけて
だらだらと遊びながら帰る子だったし、
小学5,6年の時は とにかく 管理されることが嫌でしょうがなかった。

今思えば 狭い世界で自分中心なお年頃といいますか。

自分の道草ルートをどこかで管理されたり、
授業をさぼってるところを PCでチェックされたりしたら
大人への不信感は つのるだろうなぁ と思う。

パノプティコン」という言葉をご存知だろうか。
18世紀のイギリスで考案された監獄なんだけど、
囚人からは監視者が見えないけど 常に見張られていると
思い込まされている、というシステムだ。

実際は監視しなくても 効果があるということで、
安全管理や、国家の検閲システムなどでも応用される考え方なんだよね。

ほら、ロンドンの至るところに 監視カメラを設置してある、って
あれなんか まさに「パノプティコン」だ。

それを思い起こさせる。

今読んでいる小説で、
石田衣良が書いた、「うつくしい子ども」にも
「パノプティコン」に似た造りの中学校が舞台として
登場する。

そこで すさんだ事件が起きるという内容なんだけど

人って監視されていると ストレスがたまるよね。
小学1年生や2年生ならともかく、5,6年生となると
ICタグが何か 理解できるだろう。

あたしだったら たぶん上履き脱ぎまくりだな。きっと。
トイレの中まで監視されてるみたいで 気分悪いもん。

大人側の「管理」したいという欲求。
そして それが子どもの心に与える影響。。。。

冒頭のニュースの記事では、
「費用に見合った 効果と コストダウンが見込めれば
継続を検討する」と書いてあったけど、
効果とか コストダウン以上に
ぜひ 生徒の心理にどう影響を与えているのかも 
重要な観点として 確認して欲しいと思う。

危機管理、安全責任の追及と
「教育」という本来の意義は違うと思う。

今は 学校とは言え、リスク管理の時代だ。
でも、リスク管理の代償を子どもに払わせるのは行き過ぎな気がする。

教育と 「監視」は違うのだから、一歩間違えたら
子どもの心に 取り返しのつかない 負の力を与えかねない。
ぶっちゃけ 精神的暴力のような気がしてしまう。

ペットや子どもを大切に思う気持ちは分かる。

でも、忘れてはいけない。
「パノプティコン」は 監獄で考え出されたシステムだということを。

「教育」の場に見合った 安全管理の模索は
まだまだ 始まったばかりのようだ。








監視社会に突入する前に考えるべきこと
配信元:電子書店パピレス
提供:@niftyコンテンツ

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コメント

ICタグかぁ。会社で働く営業マンにつけられたら大変だ・・・ビラをまくバイトには、もうついてるんじゃなかった?そんなこと聞いたことがあるな・・・ICを逆手にとる犯罪が増えなきゃ良いけどねtyphoon

投稿: ろぼ | 2008年4月21日 (月) 21時46分

>ろぼ
へぇぇぇ。バイトにICタグねぇ。
そういや ティッシュ配りの時に、見張りの人が
ティッシュもらいに何回も来てたなぁ。
こわいねぇ。
でも営業マンならICタグよりGPSじゃね?
こわいこわい><

投稿: うっち | 2008年4月22日 (火) 11時19分

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